伝統的な日本建築の様式のひとつである土蔵を皆さんも目にしたことがあるでしょう。主に漆喰塗りで仕上げられた分厚い土壁は、その昔内部に貯蔵する食品やその他の物品を火災や盗難から守りました。今日では土蔵は貯蔵庫としての用途はほぼ不要となりましたが、その稀な建築様式を活かしたコンバージョンによって新しい建物として存在し続けています。本日は定年退職に伴い帰郷するご夫婦のための居住空間に生まれ変わった蔵の家を紹介したいと思います。
山と森に囲まれた集落の500坪の敷地にその土蔵は建っています。敷地内の母屋にはお施主さんの両親が住まわれているとのこと。かつては米蔵だった南の蔵が家山真建築研究室によって改修されました。南に面した壁には大きな木製サッシの開口部が設けられ、閉鎖的な蔵が開放されました。新たに設けられたウッドデッキでのんびりするのもいいですね。蔵の右側にある渡り廊下は母屋と繋がっています。親子別々の生活スタイルをキープしながら容易に行き来できるというのは、理想的な家族関係かもしれませんね。
南の蔵と屋根を共有するのが道路側に建つ北の蔵です。かつては道具蔵として使われていたそうです。積石の基台部分と上部の白い漆喰塗りが印象的です。外部からの災害から内部を守り抜く堂々とした造りです。
2階の寝室にも新しくフローリングを張っています。壁はかつての米蔵の名残を残しつつ天井の野地板と共に修復されています。連続する垂木がとても美しいです。軒裏を露出させることで空間に広がりを持たせています。開放的であると同時に安心感のある寝室空間ですね。
蔵特有の入り口です。モダンで機能的な要素を付加しつつ、既存の建築要素の特徴をきちんと残しています。石造りや土間といったエレメントからひんやりとした空気感が伝わってくるようです。ぼんやりした照明が空間や時間の奥行を際立たせていますね。
もともと蔵だった建物なので、水回りその他の設備を整えなければなりませんでした。1階の片側にキッチンと浴室を含む箱を配置しています。照明等その他の設備は新規の構造体に取り付けることで既存の部材への負担を極力抑えてあります。
浴室やトイレのある箱には自然光を取り入れる開口部がないので、乳白ガラスで囲うことで、室内の光を取り入れる工夫がなされています。また逆に箱からこぼれる柔らかな光は薄暗い蔵内部に行灯のような灯を提供します。